1950年に開学した同校は、キリスト教信仰に基づく人格教育と洗練されたリベラルアーツを武器に、戦後日本の女子高等教育をリードしてきました。特に1970年代後半から1990年代初頭にかけての青短の偏差値推移は驚異的で、国文科や英文科などは大手予備校の難易度ランキングで偏差値60〜63前後を記録。同年代のMARCH(明治・青山学院・立教・中央・法政)や津田塾大学などの難関女子大と併願されるトップクラスの難関校でした。
特筆すべきは、その圧倒的な就職先の実績です。「丸の内の名門企業に就職したければ青短へ行け」とまで言われ、卒業生の進路には三菱商事や三井物産などの総合商社、東京海上火災保険や三井住友銀行などのメガバンク・大手金融、さらには日本航空(JAL)や全日本空輸(ANA)のキャビンアテンダント(CA)がずらりと並びました。良家の子女が多く集まる洗練された校風と、英語力・教養の高さを兼ね備えた青短生は、財界から絶大な信頼を寄せられていたのです。