高子沼グリーンランドの歩みは、日本の高度経済成長期からバブル崩壊に至る地方開発の縮図そのものです。福島県伊達市保原町の上保原地区、農業用ため池である高子沼の北側に広がる丘陵地に同園が開園したのは、1973年(昭和48年)のことでした。当時、マイカーの普及とともに全国各地で沸き起こったレジャー開発の波に乗り、東北地方には数少ない本格的な屋外遊園地として産声を上げました。
しかし、開業からわずか数年後の1976年頃、第1次オイルショックの余波による景気後退や遊具の保安基準見直しなどを背景に、一度目の営業休止に追い込まれます。この短期間での一時休止という異例の経緯が、後年の「不穏な事故が隠蔽されたのではないか」という都市伝説を生む遠因となりました。
その後、地域振興と観光需要の回復を見据えて運営体制を刷新し、1982年(昭和57年)に大規模なリニューアルオープンを果たします。敷地内には起伏に富んだ地形をダイナミックに駆け抜けるジェットコースター「ボブスター」をはじめ、阿武隈急行沿線の田園風景を一望できる大観覧車、ゴーカート、お化け屋敷、ティーカップなど多彩なアトラクションが導入されました。1980年代後半のバブル全盛期には、福島県内のみならず宮城や山形など隣県からも観光バスが連日押し寄せ、年間数十万人の来場者を数える一大観光拠点へと登りつめたのです。