インターネット上で定期的に話題となるのが、「メロスはクズで、セリヌンティウスが一番の被害者である」という指摘です。物語の展開を第三者視点で客観的に整理すると、セリヌンティウスが被った災難は常軌を逸しています。
シラクスの町で真面目に石工として働いていたセリヌンティウスは、ある日突然、王の兵士によって捕らえられ、地下牢へ連行されます。そこへ現れた親友のメロスは、自分が王を暗殺しようとして失敗した事実を告げ、「身代わりになってくれ」と要求します。セリヌンティウスには何ら拒絶する余地は与えられておらず、無言でメロスを受け入れ牢に残されることになります。もしメロスが戻らなければ、国家反逆罪の共犯として処刑台に吊るされるという絶体絶命の危機です。
一方のメロスは村に戻ると、本来なら日取りを相談すべき妹の婚礼を「今日中に挙げろ」と強引に推し進めます。花婿側が驚いて難色を示すのも無視し、豪雨の中で無理やり祝宴を開き、深夜まで泥酔して歓談します。そして翌朝、友の命のリミットが迫っているにもかかわらず、疲労から昼近くまで惰眠を貪る始末です。途中で湧き水を飲んで気力を取り戻すシーンでも、「自分を信じて待つ友を裏切るわけにはいかない」という友情の美談にすり替わっていますが、そもそも原因を作った張本人が勝手に諦めかけ、勝手に立ち直っているだけに過ぎません。
極めつけは処刑場に到着した直後の行動です。メロスはセリヌンティウスに抱きつく前に、「私を殴れ。私は途中で一度だけ裏切る夢を見た」と要求します。理不尽に命を危険に晒され、日没の間際に吊るされかけていたセリヌンティウスからすれば、突然現れた全裸の親友に「一発殴ってくれ」と頼まれるという異様極まりない状況です。セリヌンティウスが渾身の力でメロスを殴打した描写は、友情の証というよりも、理不尽に巻き込まれた人間の本能的な怒りの発露と受け止める読者が多いのも頷けます。