事件の発端は1974年(昭和49年)に遡ります。富山県高岡市に本社を置く有力物流企業・トナミ運輸に勤務していた串岡弘昭氏(当時20代後半)は、路線トラック業界で横行していた運賃カルテル(ヤミカルテル)の実態を目の当たりにしました。複数の運送会社が秘密裏に価格協定を結び、不当に高い輸送料金を利用者に強いていた構造です。
公正取引委員会が調査に入った際、会社側は組織ぐるみで証拠隠滅を図りました。真面目に業務と向き合っていた串岡氏は、企業の不正によって一般の利用者が不利益を被る構造に強い危機感を抱き、公正取引委員会および報道機関(新潟日報や毎日新聞など)に対して実名で内部告発を行いました。
串岡氏の経歴を振り返ると、1969年に入社して以来、誠実に経理や現場実務をこなしてきた極めて実直な社員でした。当時の取材記録によると、串岡氏は決して私利私欲や会社への個人的怨恨から動いたのではなく、「正しいことを正しく行える企業であってほしい」という純粋な職業倫理から声を上げたと述懐しています。しかし、この勇気ある行動に対して会社が下した決定は、想像を絶する苛烈な見せしめ人事でした。