『はだしのゲン』の実写化は、大きく分けて2つの潮流に分かれます。1つは1976年から1980年にかけて山田典吾監督がメガホンをとった劇場用実写映画3部作(現代ぷろだくしょん製作)、もう1つは終戦62年特別企画として2007年8月にフジテレビ系で2夜連続放送されたスペシャルドラマ版です。
1976年の実写映画第1作『はだしのゲン』は、原作者の中沢啓治氏自身が脚本に参加し、自主製作・自主配給という過酷な条件下で製作されました。特筆すべきは、主人公・ゲンの父親である中岡大吉役を演じた名優・三國連太郎の鬼気迫る怪演です。反戦思想ゆえに「非国民」と蔑まれ、警察から拷問を受けながらも、家族に対して「麦のように踏まれても強く生きろ」と説く父親の姿は、日本映画史に残る重厚な説得力を放ちました。特殊メイク技術が未発達だった時代背景にもかかわらず、火傷を負った被爆者の造形や原爆投下直後の瓦礫の街並みは生々しく、映画館で失神者が出たという当時の逸話も残されています。
一方、2007年のドラマ版では、同じく名優・中井貴一が大吉役を熱演しました。ドラマ版の特徴は、戦前の過酷な食糧難と隣組からの執拗な差別に耐える中岡家の「温かな家族愛」を前半で極めて丁寧に描いた点にあります。中井貴一が魅せた、厳しくも深い慈愛に満ちた父親像は視聴者の涙を誘い、だからこそ後半の原爆投下シーンで訪れる家族の崩壊が、救いようのない絶望と悲劇として胸に突き刺さる構造になっていました。
原作漫画が持つ戦後のヤクザ社会や差別構造、暴力的な描写を一部整理し、ホームドラマとしての情緒と原爆の惨禍を際立たせたドラマ版は、放送後に高い評価を獲得し、第45回ギャラクシー賞優秀賞をはじめとする数々の賞を受賞しました。