これほどの熱狂を生み、未完を思わせる余韻を残しながら、なぜ『CRISIS』の続編や映画化は今日まで実現していないのでしょうか。その背景には、単なる制作スケジュールの都合だけでは片付けられない複数の分厚い要因が存在します。
第一に挙げられるのは、挑み続けた国家タブーの深さです。本作の脚本を手掛けた金城一紀は、警察や官僚組織の闇に鋭くメスを入れる物語を一貫して描き続けてきました。あの衝撃のラストから続く物語を真正面から描くとなれば、特捜班メンバーが国家権力と全面戦争を繰り広げる「体制否定の物語」に踏み込まざるを得ず、地上波メディアのスポンサーシップや自主規制の観点で極めてハードルが高かった実情が指摘されています。
第二に、主演クラス俳優たちの圧倒的な多忙さです。小栗旬はその後、日曜劇場や大河ドラマ主演を経て大手芸能事務所のトップに就任し国内外の企画プロデュースに注力。西島秀俊も米アカデミー賞受賞作への出演を契機にグローバルな活躍を見せるなど、この二人を長期間アクション特訓に拘束して再集結させることが物理的に困難を極めました。
そして何より、制作陣が「あのラストシーンこそが作品としての完成形である」と判断していたという見解も根強く存在します。答えをあからさまに提示せず、絶望の淵で鳴り響くサイレンとともに物語を放り出すことこそが、視聴者一人ひとりに国家と個人のあり方を問いかける最大の仕掛けだったのです。