検索エンジンに打ち込めば、一瞬で「正しい答えらしきもの」が得られる時代だ。しかし、出された答えにどんな意味があるのかを評価する軸がなければ、情報はただのゴミと化す。
講義室で行われているのは、答えを教える授業ではない。「そもそも、なぜそれを描くのか」「なぜその素材でなければならないのか」という徹底的な自己との対話だ。教授陣からの容赦ない問いかけに対し、学生たちは自身のアイデンティティを削り出しながら言葉と作品を探す。このプロセスを通じて養われるのは、変化の激しい社会においても自分を見失わない圧倒的な軸の太さだ。