伊香保温泉横手館の歴史は宝永年間(1704〜1711年)にまで遡り、300年を超える歳月をこの温泉郷と共に歩んできました。現在の象徴である本館は、1920年(大正9年)に棟上げされた総檜造りの木造4階建てです。戦前の建築基準法以前に建てられた高層木造建築として極めて学術的価値が高く、文化庁の登録有形文化財に認定されています。
玄関をくぐると、艶やかに磨き上げられた飴色の廊下と、職人が一本ずつ削り出した変木(へんぼく)を用いた数寄屋風の意匠が迎えてくれます。特筆すべきは、廊下の窓にはめ込まれた「波打ちガラス(大正時代の手吹き製法による板ガラス)」です。現代のフロートガラスでは決して再現できない柔らかな光の屈折が、外の風景をノスタルジックに揺らめかせます。当時の手工芸が息づく格天井や欄間の透かし彫りは、美術館の展示品ではなく、今なお現役の客室空間として使われ続けています。
建築史の専門家が「伊香保における近代和風旅館建築の白眉」と評価する通り、安易なレトロ風インテリアとは一線を画す「本物の時間」が宿の隅々にまで堆積しています。