数々のスクープを放ち、日本の裏社会ジャーナリズムを牽引してきたノンフィクション作家の溝口敦氏やフリーライターの鈴木智彦氏の著作からは、取材現場における名刺を巡る壮絶なリアリティが伝わってくる。暴力団の組長や幹部と対峙する際、ジャーナリストが自らの名刺を差し出すことは、身元を完全に晒し、退路を断って取材に挑む覚悟を意味していた。
裏社会の作法において、名刺を粗末に扱うことは即座に相手組織への侮辱と受け取られる。受け取った名刺を机の上にどう置くか、どのポケットにしまうか、その一挙手一投足に命懸けの緊張感が漂う。両氏が記録してきた数々の証言は、名刺一枚が時に抗争の火種となり、時に休戦の合意文書代わりとなるアンダーグラウンド特有の掟を浮き彫りにしている。