逮捕後、少年は関東医療少年院に収容され、専門家による長期的な精神療法と教育を受けた。2004年に仮退院、翌年には本退院となり、彼は社会へと戻っていった。しかし、司法が下した「更生完了」の判決が、社会全体の納得を得られたわけでは決してない。
2015年に加害男性が『絶歌』と題した手記を独断で出版した際、世論は激しく炎上した。遺族の事前承諾なしに出版され、過激な文脈で印税が支払われる構図に対し、激しい批判が噴出。加害者のプライバシーや表現の自由と、被害者遺族の心情や社会的道義の衝突という、更生保護制度の深い闇が露わになった瞬間だった。