まずい 棒という身も蓋もないネーミングを冠した1本のスナックが、廃線寸前に追い込まれていたローカル鉄道の運命を一変させた。普通なら商品開発会議で即座に却下されるはずの「不味い」という言葉。それを堂々とパッケージに掲げ、店頭に並べたのが千葉県銚子市を走る銚子電気鉄道株式会社だ。
「本当に味がまずいのか?」と訝しむ消費者の心理を巧みに突きながら、このまずい 棒は瞬く間に累計数百万本を売り上げるメガヒット商品へと化けた。そこにあったのは、単なる悪ふざけではない。生き残りを懸けた地方の鉄路が放った、乾坤一擲の生存戦略だったのだ。
「お前、まずいよ!」味ではなく経営がヤバい誕生秘話の真相
奇妙なスナック菓子が産声を上げたのは、銚子電鉄が文字通り息の根を止められかけていた時期だった。車両の法定検査費用すら底をつき、金融機関からの融資も望めない。そんな八方塞がりのなか、代表取締役の竹本勝紀が放った一言がすべての引き金となる。「経営状況がまずい」。
この自虐とも悲鳴ともつかないフレーズを、そのまま商品名に落とし込むという暴挙に出た。もちろん、スナック菓子産業の巨塔である「うまい棒」の存在を意識しないはずがない。銚子電鉄は筋を通すべく、本家を手がける株式会社やおきんへ直談判に赴いた。激怒されてもおかしくないパロディ企画に対し、やおきん側は予想外の度量を見せ、「地域創生のためなら」と快諾。味の不味さではなく「経営状態の不味さ」を売るという、前代未聞の駄菓子が誕生した瞬間だった。
実際に口に運べば、生地はサクサクとした上質なコーンパフで、味付けも本格派。一口かじった瞬間に「うまいじゃないか」と突っ込ませる二重のトラップが、消費者の好奇心を鷲掴みにした。
怪奇漫画の巨匠・日野日出彦が描く異形のマスコット「まずえもん」
パッケージの破壊力も尋常ではない。描かれているのは、どこか不気味で愛嬌のある謎のキャラクター「まずえもん」。手がけたのは、日本のホラー・怪奇漫画界のレジェンドである日野日出彦だ。
「まずい……もう1本!」と叫びながら悶絶するまずえもんのビジュアルは、従来の鉄道グッズが持っていた「旅情」や「ノスタルジー」を完全に粉砕した。徹底的にダークかつユーモラスな世界観は、鉄道ファンのみならずサブカルチャー層の琴線に強く触れる。単なるお土産菓子の枠を飛び越え、アイコンとしての強烈な求心力を獲得していった。