世間がどれだけ彼女を叩こうとも、野村克也にとって沙知代は唯一無二の存在だった。「サッチーがいなければ、監督としての俺はなかった」と、克也は生涯語り続けている。彼女はデータ野球を標榜する夫を精神的に支え、時に悪役を買って出ることで、夫のカリスマ性を裏からプロデュースしていたのだ。
1990年代後半に勃発した「ミッチー・サッチー騒動」や、その後の脱税容疑での逮捕劇など、彼女の後半生は常にトラブルと隣り合わせだった。しかし、それらのスキャンダルさえも自らのエネルギーに変換してしまう不敵さがあった。テレビカメラを睨みつける鋭い眼光は、若い頃に米軍キャンプや異国の地で培った「舐められてたまるか」という自己防衛本能の表れだったのかもしれない。