インターネットの料理コミュニティやSNS上で長年まことしやかに囁かれているのが、「鹿肉は家庭用冷凍庫で数日間凍らせれば寄生虫が死滅するため、解凍後に生で食べても問題ない」という言説です。しかし、この言説を鵜呑みにして生食に踏み切るのは極めて無謀な判断と言わざるを得ません。
確かに、鹿肉に寄生する代表的な住肉胞子虫である「サルコシスティス」などは、マイナス20℃で48時間以上の冷凍処理を行うことで感染性を失うことが学術実験で確認されています。しかし、一般的な家庭用冷蔵庫の冷凍室はJIS規格でマイナス18℃前後に設定されており、日常的な扉の開閉による温度変化を考慮すると、芯までマイナス20℃以下を48時間連続して維持することは極めて困難です。
何より決定的な盲点は、鹿肉寄生虫の冷凍死滅が仮に一部の寄生虫に有効であったとしても、E型肝炎ウイルスなどの病原性ウイルスは冷凍では死滅しないという動かしがたい医学的事実です。ウイルスは極低温環境下でも休眠状態で生き残り、解凍とともに再び強い感染力を発揮します。「冷凍処理=完全無菌化」という思い込みは、公衆衛生の観点から完全に否定されています。
北海道などで郷土料理として知られる鹿肉ルイベの安全性についても、専門施設による超低温急速凍結技術と衛生基準を前提とした限定的な文脈で語られるべきものであり、一般的な生食の免罪符にはなりません。冷凍を経た肉であっても、非加熱のまま口に運ぶ行為は自ら感染症の引き金を引くのと同義です。