事件報道の現場を長年取材し、法学者や犯罪心理学の専門家と意見を交わす中で行き着く結論は、「現代社会において、人間は自らの足跡(痕跡)を消去して生存することは構造的に不可能である」という冷徹な現実です。
社会学において議論される「監視社会論(パノプティコンの日常化)」の枠組みで見れば、現代の都市生活者は意識的・無意識的を問わず、生活インフラとの相互通信なしには命を維持できません。逃亡者が潜伏生活を続けようとすれば、衣食住の確保、医療の受診、資金の調達といった生命維持行動のすべてにおいて、必ず社会システムへ接触せざるを得ません。その接触点こそが、現代捜査における決定的な「足」となります。
さらに心理学的な見地から逃亡者の行動特性を分析すると、人間には極度の孤立と緊張状態に置かれた際、「親しい他者との接続を希求する心理的バイアス」が働きます。自著や公判の手記で語られた過去の逃亡犯たちの告白を精査すると、潜伏生活が破綻する契機は常に、肉親への電話、旧友のSNS閲覧、あるいは孤独に耐えかねた繁華街への立ち寄りといった、極めて人間的な感情の揺らぎでした。
どれほど精巧に偽装された計画であっても、生活という現実が続く限り痕跡は生まれ続けます。「足がつく」という言葉の重みは、テクノロジーの進歩によって人間が社会的な網の目から決して逃れられない存在であることを、逆説的に証明し続けているのです。