2006年3月12日、米カリフォルニア州アナハイムで行われたWBC2次リーグ・アメリカ戦。3対3の同点で迎えた8回表1死満塁の好機で、岩村明憲選手がレフトへ浅いフライを放ちました。三塁走者だった西岡剛選手は、相手左翼手ランディ・ウィン選手が捕球した瞬間にスタートを切り、気迫のヘッドスライディングで勝ち越しのホームを駆け抜けます。
このプレイに対し、二塁塁審を務めていたオーストラリア出身のニール・プールトン審判は即座にリタッチ成功(セーフ)を認めました。しかし、アメリカ代表のバック・ショーウォルターではなくバック・マーティン監督が球審のボブ・デービッドソンへ猛烈なアピールを行うと、事態は急変します。球審であったデービッドソンは、自らの視野から遠い三塁走者のスタートを「離塁が早かった」と一方的に判断し、一度下されたセーフ判定を覆して西岡選手をアウトと宣告したのです。
当時の特番インタビューや報道陣の取材に対し、王貞治監督は「野球がスタートした国で、こういうことがあってはならない」と憤りを露わにし、前代未聞の長時間にわたる抗議を行いました。精密なハイスピードカメラによるコマ送り映像では、捕球から離塁までにコンマ数秒の余裕があり、正規のタッチアップであったことが完全証明されています。結果として日本代表はこの試合を3対4で落とすこととなり、日本国内のみならず中立地メディアからも「世紀の大誤審」と激しい批判が殺到しました。