競馬における返し馬の意味は、本馬場入場を終えた競走馬が発走地点(ゲート)へ向かう前に行う準備運動を指します。語源は諸説ありますが、かつて本馬場に入った馬がいったんゴール板の前を通過してコースを軽く駆け抜け、そこからゲート方向へ「引き返してくる」慣習があったことから「返し馬」と呼ばれるようになりました。
予想においてパドックと返し馬のどちらを重視すべきかという議論は絶えませんが、両者が提示する情報は根本的に異なります。返し馬とパドックの違いを整理すると、パドックは厩務員に引かれて常歩(なみあし=歩く動き)で周回する「静的なチェックの場」です。ここでは骨格のバランス、筋肉の張り、発汗具合、馬体重の増減といった基礎体調を確認します。
一方の返し馬は、勝負服を着た騎手が跨り、実戦と同じ芝・ダートのコース上で速歩(はやあし)からキャンター(駈歩)へと移行する「動的なチェックの場」です。競走馬は体重500キロ前後の繊細なアスリートであり、人間を背に乗せて初めて本気で走るギアが入ります。パドックで覇気がなく見えた馬が、本馬場に入って騎手の指示を受けると見違えるような推進力を見せるケースは日常茶飯事です。競馬の本馬場入場から返し馬の数分間は、サラブレッドが「戦闘態勢」へと移行した真の姿を観察できる唯一のチャンスなのです。