日常会話において「春はぐっすり眠れる」「つい朝寝坊してしまう」というニュアンスで使われる「春眠暁を覚えず」ですが、その学術的な語義を正確に紐解くと、より繊細な情景が浮かび上がってきます。語源となった『春暁(しゅんぎょう)』を詠んだのは、盛唐の詩人である孟浩然(もうこうねん、689年〜740年)です。自然の静寂や美しさを巧みに切り取る「山水田園詩人」として知られ、李白や王維とも深く交遊した人物でした。
辞書や古典解説において、春眠暁を覚えずの意味は一般に「春の夜はまことに眠り心地が良いため、夜が明けたことにも気づかず、つい寝過ごしてしまう」と解説されます。ここで注目すべきは「暁(あかつき)」という語彙です。同志社女子大学などの古典文学研究でも指摘されている通り、「暁」とは太陽が昇り切った白昼ではなく、夜が白み始める未明から黎明のわずかな時間帯を指します。つまり、「朝寝坊して昼近くまで寝てしまった」という怠惰な描写ではなく、「夜が明けたことすら知覚できないほど深く穏やかな眠りに包まれていた」という、春の夜の得も言われぬ心地よさを称えた言葉なのです。
俳句の世界において、春眠暁を覚えずの季語は冒頭の「春眠(しゅんみん)」が晩春の季語として分類されます。冬の厳しい寒さから解放され、張り詰めていた空気が緩む春の夜長。孟浩然はこの短い五言絶句の中に、季節の移ろいに対する人間の生理的な感覚と美意識を見事に凝縮させました。