平穏だった森に激震が走ったのは1996年のことでした。柳瀬川の対岸を含む一帯にマンション建設を中心とした宅地開発計画が浮上し、木々がことごとく伐採される危機に直面したのです。「一度壊された自然は二度と元には戻らない」――強い危機感を抱いた宮崎監督は、近隣住民とともに「淵の森の会」を結成し、みずから会長に就任して保全運動の先頭に立ちました。
行政を動かすため、監督が下した決断は世間を驚かせました。東村山市が土地を買い取るための資金として、監督自身が私財約3億円を市へ寄付したのです。世界的アニメーション監督が私財を投じて自然を守ろうとする姿は大きなニュースとなり、全国から数千万円規模の市民寄付が集まりました。さらに2007年、対岸の所沢市側にも開発計画が持ち上がった際にも監督は再び寄付を行い、東村山・所沢の両自治体による公有地化と保全が完了しました。名声や利益のためではなく、暮らしの足元にある自然への誠実な敬意が、奇跡の保全劇を成し遂げた理由でした。