橋本マナミが芸能界へ足を踏み入れたのは1997年、当時13歳で出場した「第7回全日本国民的美少女コンテスト」で演技部門賞を受賞したことがきっかけでした。しかし、同期や後輩が次々と看板女優やトップアイドルへ駆け上がるなか、彼女には目立った代表作がつかず、仕事のない苦しい下積み時代が15年以上も続きました。
転機が訪れたのは20代後半、所属事務所の移籍と自身の年齢的リミットを意識したタイミングでした。当時のインタビュー手記でも、彼女は「これで結果が出なければ芸能界を去る覚悟だった」と当時の切迫した心境を告白しています。王道の清純派路線に見切りをつけ、大人の女性が持つ妖艶さとしなやかな色気を前面に押し出したグラビア展開へと舵を切りました。
話題となった「国民の愛人」というキャッチコピーの由来は、出身コンテストの代名詞である「国民的美少女」に対する強烈なパロディとカウンターカルチャーでした。バラエティ番組でのウィットに富んだやり取りや写真集のプロモーションを通じて定着したこのフレーズは、男性目線の艶っぽさだけでなく、潔い開き直りと自立した女性の強さとして世間に受け入れられ、瞬く間に全国区の認知度を獲得したのです。