地域密着型メディアとしての影響力が極めて強い長崎県において、おくやみ欄をめぐる住民の意識にはどのようなリアルがあるのでしょうか。長崎市内の葬祭ディレクターや、実際に親族の葬儀を経験した県内外の住民の声を集約すると、世代間・居住地間での大きな意識のギャップが浮かび上がってきます。
県外に暮らす長崎出身の40代男性は次のように語ります。「両親が高齢になり、実家の近所の方々の訃報を把握したいのですが、ネット上で手軽に一覧できる公式サービスがなく不便を感じていました。結局、電子版を契約して毎朝確認しています。無料で見たいという気持ちはありますが、防犯上の理由を知ると納得せざるを得ません」。
一方、長崎市内で長年葬祭業に携わるベテラン担当者は、現場の激変を指摘します。「かつては9割以上のご遺族が『朝刊のおくやみ欄に載せてほしい』と即答されていましたが、現在はあえて『非掲載』を選ばれるご遺族が確実に増えています。家族葬の普及や、葬儀を終えてから事後報告の形でハガキを送りたいという要望が背景にあります。新聞に出ることで、予期せぬ弔問客が自宅に押し寄せ、高齢の喪主様が対応に疲弊してしまうことを避けるためです」。
SNSや知恵袋などのコミュニティ上でも、「長崎の実家の知人が亡くなったらしいが詳細がわからない」「新聞をとっていないと長崎県 葬儀・告別式日程を追うのが本当に難しくなった」という投稿が散見されます。かつては町内会の回覧や新聞紙面という単一のインフラで完結していた情報網が、デジタル移行の途上で細分化し、情報難民を生んでいる側面が浮き彫りになっています。