骨は本来、人体の中で極めて高い再生能力を持つ組織です。それにもかかわらず骨折治らない理由には、生体力学的・生物学的な複数の破綻因子が関与しています。現場の整形外科医が指摘する主な要因は以下の4点に集約されます。
第1に「局所の血行不良」です。骨が再生するには、骨折部に酸素と豊富な栄養、そして骨芽細胞を運ぶ血流が欠かせません。粉砕骨折や開放骨折などで周囲の筋肉や骨膜が激しく損傷された場合、血流が途絶えて骨の新生が止まります。第2に「不十分な固定による力学的破綻」です。ギプスや固定金具の強度が不足していたり、固定期間中に早期に無理な荷重をかけてしまったりすると、骨折部に過剰なズレ(剪断力)が生じ、仮骨が形成される前に壊されてしまいます。
さらに見逃せないのが第3の要因である「骨欠損および感染症(骨髄炎)」と、第4の要因である「患者側の全身性リスク」です。特に喫煙習慣は末梢血管を収縮させて血流を阻害するため、非喫煙者と比較して偽関節の発生率を2〜3倍に跳ね上げることが各種臨床データで証明されています。糖尿病やステロイドの内服、消炎鎮痛剤(NSAIDs)の長期乱用も骨癒合を阻害する重大なリスクファクターです。
特に注意すべき好発部位として知られるのが、鎖骨骨折偽関節と舟状骨骨折偽関節です。
鎖骨骨折は保存療法(クラビクルバンド等での外固定)が選択されるケースも多い部位ですが、筋肉の牽引力が常に加わるため骨折端がズレやすく、偽関節へ移行することがあります。放置すると肩の挙上障害や腕の脱力感を招くだけでなく、変形した骨が背部を通る太い神経束を圧迫し、「胸郭出口症候群」による手のしびれを引き起こす危険性があります。
また手首にある舟状骨は、末梢側から中枢側へ向かって逆行性に血管が走行するという極めて特殊な解剖学的特徴を持っています。受傷直後に「単なる手首の捻挫」と自己判断されて見逃されやすく、数か月から数年放置された結果として舟状骨骨折偽関節に至る例が後を絶ちません。舟状骨の偽関節を放置すると、骨頭への血流が完全に途絶えて無腐性壊死を起こし、最終的に手根骨全体が崩壊する「SNAC wrist(舟状骨偽関節進展手関節症)」へと進行して手首の関節破壊を招きます。
これが偽関節放置リスクの恐ろしさです。「痛みが我慢できる範囲だから」と放置を続ければ、隣接する正常な関節に異常な負荷がかかり続け、若年層であっても重度の変形性関節症を発症し、関節固定術や人工関節置換術を余儀なくされる不可逆的な結末を迎えかねません。