骨や軟骨の曲がりを物理的にまっすぐ直したにもかかわらず、術後数ヶ月経っても「鼻づまりが治らない」と不満を漏らす患者は少なくありません。この現象には、鼻腔内の空気力学と粘膜の生理機能に関わる決定的な構造要因が存在します。
まず理解すべきは、鼻の閉塞感を生み出している要素は「鼻中隔の弯曲(硬い骨・軟骨)」だけではないという点です。鼻の内側には外壁からせり出す「下鼻甲介(かびこうかい)」というヒダ状の粘膜組織があり、アレルギー性鼻炎や慢性鼻炎によってこの粘膜が腫脹すると、軟骨がまっすぐであっても空気の通り道は塞がれてしまいます。湾曲側にスペースがない分、反対側の鼻腔では下鼻甲介が代償性に大きく肥厚する「肥厚性鼻炎」を併発している症例が大多数を占めます。骨だけを削って粘膜側の処置(下鼻甲介手術など)を適切に組み合わせなかった場合、通気性は劇的には改善しません。
一方で、粘膜を削りすぎた場合に待ち受ける最悪の結末が、エンプティノーズ症候群(空鼻症候群 / Empty Nose Syndrome: ENS)です。Yahoo!知恵袋には、次のような悲痛な告白が投稿されています。
「2年前に総合病院で鼻中隔矯正術、後鼻神経切断術、下鼻甲介の手術を受けました。それまで通っていた町医者からは『手術の必要はない、血の通っている場所を切るのは危険』と忠告されていたのに踏み切ってしまい、激しく後悔しています。鼻の中はガラ空きなのに、なぜか息が吸えない感覚に襲われ、頭痛と不眠で精神的におかしくなりそうです」
エンプティノーズ症候群は、下鼻甲介組織が広範囲に削り取られた結果、鼻腔内の正常な気流抵抗(レジスタンス)が消失し、粘膜にある気流受容器(温度・風速センサー)が機能不全に陥ることで発症します。CT画像上では鼻腔が広大に開いているにもかかわらず、脳は「空気が通っていない」と錯覚し、激しい窒息感や過換気、冷気による激痛、さらには自律神経失調症や重度うつ病を併発します。ひとたび失われた粘膜受容器を再生させる根本的治療法は確立されておらず、耳鼻咽喉科領域において最も忌避すべき医原性病態の一つとされています。