初のW杯出場を果たした岡田武史監督(第1期)の後を引き継いだフィリップ・トルシエは、まさに「規律の鬼」だった。フラット3と呼ばれる革新的な守備戦術と、ユース世代からの徹底的な引き上げにより、2002年日韓W杯で日本を初のベスト16へと導いた。彼の軍隊的なアプローチは時に選手との摩擦を生んだが、若き才能たちを世界基準へと急成長させる起爆剤となった。
一転して、2006年ドイツ大会を目指したジーコ体制では「自由」がテーマとなった。中田英寿、中村俊輔、小野伸二、稲本潤一ら「黄金世代」の個性を最大限に生かすため、監督はあえて細かな戦術を課さなかった。結果はグループステージ敗退という苦いものだったが、選手自身がピッチ上で判断する「自立」の重要性を痛感させる、極めて重要な過渡期となった。