「沖漬け」という料理名の由来は、文字通り「沖合(海の上)で漬ける」という漁師の現場作業そのものにあります。イカ釣り漁に出た漁師たちが、釣れたてのイカをその場で美味しく保存するために、醤油や酒を調合した樽の中に生きたイカを直接放り込んだのが始まりとされています。
最大の特徴であり、普通の醤油漬けとの決定的な違いは、加工するイカが「生きている状態であるかどうか」という点に尽きます。一般的な醤油漬けは、水揚げされて息絶えたイカをさばき、切り身にしてからタレに浸します。この場合、味の浸透は身の外側から中心部へと向かう受動的な浸透圧のみに依存します。
一方の沖漬けは、生きたまま漬ける理由が極めて合理的です。イカは危険を感じたり呼吸をしたりする際、外套膜(胴体)の中に周囲の海水を勢いよく吸い込み、漏斗から一気に吐き出します。タレに投入されたイカは、海水の代わりに周囲の醤油ダレを全身の力で吸い込み、吐き出すポンプ運動を繰り返します。これにより、外側の筋肉だけでなく、普段は調味料が届きにくい消化器官や肝(ゴロ)の内側まで、タレが強制的に循環して行き渡るのです。この生体反応を利用した浸透メカニズムこそが、沖漬け特有の濃厚で奥深い風味を生み出す源泉となっています。