2026年の銃撃事件以降、世論の怒りは主に自民党を中心とする政治家と教団の癒着に向けられた。推薦確認書への署名、選挙支援、祝電――明るみに出た事実の数々は政界を揺るがし、内閣支持率を急落させた。だが、政治と同じくらい警戒されるべきだったメディアや文化イベントへの浸透については、どこか検証が手薄なまま放置されてこなかったか。
教団系の関連団体が主催するチャリティ行事、ピースロード運動、国際シンポジウム。こうしたイベントに、事情を知らない中堅タレントや司会者、文化人が「善意のボランティア」として顔を出していたケースは過去に一度や二度ではない。政治家が票と運動員を求めたように、タレント側も「好感度の上がる社会貢献活動」という名目に誘惑された。その結果、無自覚なまま教団の権威づけに手を貸してしまった実例は、過去の芸能史の中に静かに埋もれている。