ネット上の掲示板やSNSで頻繁に囁かれる「遠洋マグロ漁船に乗れば1年で数千万円稼げて借金が一気にチャラになる」という言説。取材班が主要水産会社や全国漁業就業者確保育成センターの募集要項、現役船員への聞き取り調査を行った結果、この俗説は半分が歴史的遺物、半分が極端な誇張であることが判明しました。
遠洋漁船員の給与体系は、基本的に「固定基本給」+「航海日当(手当)」+「水揚げ歩合金(奨励金)」という3層構造で成り立っています。かつて1970年代から80年代のバブル期にかけて、マグロが高値で取引され魚影も濃かった時代には、一般船員でも一航海で1000万円を超える現金を手にすることが珍しくありませんでした。その当時の強烈な記憶が都市伝説として独り歩きを続けているのです。
遠洋漁船員の求人と労働条件の評判を精査すると、未経験の甲板員として乗船した場合の初年度年収は約350万〜500万円前後。陸上の新卒・未経験の初任給と比較すれば高水準ですが、「命を懸けて数千万円」というイメージからは大きな開きがあります。ただし、航海中は船内での食費や光熱費、住居費が実質ゼロとなるため、「支出が一切なく、稼いだ額のほぼ全額がそのまま貯蓄口座に残る」という金融的メリットは現在も健在です。
では「数千万円」という数字は完全な虚構かというと、そうではありません。船全体の漁獲実績を左右する「漁労長(ぎょろうちょう)」や「船長」、機関の安全を一手に握る「機関長」といった幹部職に昇格した場合、歩合金が跳ね上がり、1航海で1,500万〜3,000万円超を稼ぎ出すトップクラスの海のプロフェッショナルが実在します。つまり、誰でも乗れば即座に大金が手に入るのではなく、過酷な下積みを経て海図と魚群を読み切る技術を身につけた一握りの幹部だけに許された特権というのが給与の真の構造です。