日清戦争期には、ビゴーの作品以外にも欧米各国のメディアで数多くの風刺画が描かれました。特に有名なのが、イギリスの老舗風刺漫画誌『パンチ(Punch)』に掲載された一連のイラストです。両者を比較することで、当時の西欧列強が日本と清をどのように値踏みしていたのかが浮き彫りになります。
イギリスの『パンチ』誌に掲載された風刺画は、開戦前の大方の国際世論が「眠れる獅子」と呼ばれた巨大国家・清の優位を信じていた中で、近代化軍隊を備えた小国・日本が予想外の連勝を重ねていく衝撃をユーモラスに描いたものが主流でした。ダビデとゴリアテの戦いのように、「まさかあの小さな日本が」という欧米列強の侮り混じりの驚嘆が表現されていたのです。
これに対し、日本に長期滞在していたビゴーの眼差しは、はるかに構造的で容赦がありません。勝敗の行方そのものよりも、「小国同士が争ったところで、最終的に東アジアの覇権を握るのは軍事大国ロシアではないか」という、残酷な国際政治のパワーバランスを抉り出していました。この予言は、戦争終結直後の1895年、日本が下関条約で獲得した遼東半島をロシア・ドイツ・フランスが武力を背景に返還させた「三国干渉」によって、恐ろしいほど完全に的中することになります。