五臓六腑を理解しようとする際、ネット上や入門書で最も頻繁に発生している混乱が「西洋医学の臓器名との混同」です。特に最大のトラップとなっているのが「脾(ひ)」の定義です。
現代医学において「脾臓(ひぞう)」は、左上腹部に位置し、古くなった赤血球を破壊・リサイクルしたり、リンパ球を産生して免疫を司ったりする血球管理器官です。消化液の分泌などは一切行いません。一方、東洋医学でいう「脾」は、消化器系全体の働き、すなわち現代医学でいう「膵臓(すいぞう)の消化酵素分泌機能・血糖調整」および「胃腸の消化吸収・蠕動運動」を指しています。
このズレが生じた原因は、江戸時代から明治初期の医学史にあります。西洋の解剖学書(『解体新書』など)を日本語に翻訳した先人たちは、ラテン語の「spleen(脾臓)」に該当する器官を見つけた際、既存の漢方用語から文字を借用して「脾臓」と命名してしまいました。その結果、名前だけが一人歩きし、古典の「脾」が持つ重要な消化吸収機能が置き去りにされてしまったのです。
五臓六腑を学ぶ際は、「名前が同じでも、西洋医学の肉眼的な臓器とはカバーしている機能の範囲がまったく異なる」という前提を忘れてはなりません。