『こころ』は「上 先生と私」「中 両親と私」「下 先生と遺書」の3部から成り立っています。物語の前半では、鎌倉の海岸で偶然出会った謎めいた「先生」に惹かれていく学生の「私」の視点で進み、後半では先生から届いた分厚い遺書によって、過去に起きた凄惨な悲劇の全貌が明かされる精巧なミステリー仕立ての構造をとっています。
物語の中核を担う人間関係は極めて濃密です。人間不信に陥り世間から隠れるように暮らす先生、先生の過去を知らず純粋に慕う私、先生が下宿先で出会い心を奪われたお嬢さん(後の妻・静)、その母親である奥さん、そして先生の幼なじみであり下宿に同居することになった僧侶の息子・K。この5名が織りなす関係性が、すべての事件の発端となります。
資産家だった先生は、かつて信頼していた叔父に財産をごまかされて人間不信に陥っていました。傷心を抱えて移り住んだ下宿先でお嬢さんに惹かれ、人間への信頼を取り戻しかけます。しかし、孤独な境遇にいた親友のKを救うつもりで同じ下宿に呼び寄せたことが、取り返しのつかない三角関係の引き金となってしまいました。