財務の現場で頻繁に目にする重大な誤解が、「現預金をたくさん貯め込めば企業価値が上がる」という錯覚です。ネット上の一部言説では「内部留保やキャッシュが潤沢な会社ほど価値が高い」と語られがちですが、現代のコーポレートファイナンスにおいて、この見方は完全に誤りです。
事業に使われず口座に眠っているだけの余剰現金(アイドルキャッシュ)は、投下資本利益率(ROIC)や自己資本利益率(ROE)を著しく押し下げます。資本コスト(WACC)を上回るリターンを生み出さない資産を抱え続けることは、市場から「資本を非効率に滞留させている」と判定され、株価のディスカウント(コングロマリット・ディスカウント等)を招く主因になります。
事実、時価総額から現預金を差し引いた純有利子負債でEVを算出する際、過剰な現金は単なる控除項目に過ぎず、将来キャッシュフローの創出力を高めるわけではありません。「現金を再投資してWACC以上の利回りを叩き出す事業に投じる」か、「自社株買いや増配によって株主に還元する」かしなければ、真の企業価値向上には結びつかないのです。