多くのファンが彼女の復帰を待ち望んでいたあの春、耳に飛び込んできたのは、あまりにも優しく、そして切ないメロディだった。休止期間中に最愛の母・藤圭子を亡くした宇多田ヒカルが、自らの喪失感と向き合い、絞り出すようにして紡いだのがこの曲である。個人的な痛みを普遍的なポップソングへと昇華させる彼女の手腕に、当時の音楽界は息をのんだ。
悲しみを無理に乗り越えるのではなく、ただそこにあるものとして受け入れる。その姿勢が、多くのリスナーの涙腺を刺激した。派手な演出を排除し、アコースティックな響きを重視したサウンドメイクも、彼女の「生の声」をダイレクトに伝えるための必然的な選択だったと言える。