まずは、場面の全貌を掴むために、原文の流れに忠実なわかりやすい現代語訳と大まかなあらすじを確認します。本段は、清少納言が20代後半から30代前後の年齢で、藤原道隆の長女・中宮定子の後宮に飛び込んだ運命の初日を描いた私小説的ドキュメントです。
【あらすじ】
宮中に初めて出仕した夜、清少納言は見るもの聞くものすべてに気後れし、あまりの緊張に「いっそ泣き出してしまいたい」ほどの心細さに襲われていた。夜更けにお目通りが叶ったものの、御簾を巻き上げて直に対面された若き中宮定子の美しさは、まるで絵巻の天女や仏のようで、まともに顔を見上げることすらできない。言葉に詰まり手先すら引っ込めて怯える新参者の清少納言に対し、定子は無理に言葉を交わさせようとせず、そっと絵巻物を取り出してお見せになる。その温かな配慮に救われつつも、自意識過剰な清少納言は自室に戻っても興奮と羞恥で一睡も眠れず、翌朝の明るい光の中で醜態を晒すことを恐れてパニックに陥るのだった。
【現代語訳(通釈)】
中宮様(定子様)の御所に初めて出仕したころ、なんとなく気恥ずかしく気後れすることは数限りなく、もう本当に泣き出してしまいそうな気持ちがしていた。夜になって参上したところ、中宮様は御格子も下ろさせなさらないで、(灯火の明かりの中)お側近くにお呼び出しになる。
中宮様の御様子を拝見すると、絵などに描かれている仏や天人などのように、この世のものとは思えないほど光り輝いて美しくいらっしゃる。「(お側近くに)まいりなさい」と仰せになるので、御簾の隙間から這い出るようにして進み出たが、灯火がすぐ近くに置かれていて、あまりの明るさに本当に気恥ずかしく、圧倒されてしまう。(定子様から)あれこれとお言葉をかけてくださるのだが、恐れ多くて、まともに申し上げる返事も思い浮かばず、「絵巻物などを取り出してご自身でお見せになる」のだった。
(あまりの寒さと極度の緊張で)私の手も本当に凍え返り、御簾の外に恥ずかしくて出せないでいるのを、中宮様は「そなたの手は、ずいぶんと冷え切っていますね」と仰せになって、御衣の袖の中から(私の手を温めようと)引き出してくださった。そのときの定子様の気品あふれる美しさは、この上もなく素晴らしいものであった。
夜が更けて、「もう夜も遅くなりました。下がりなさい」と仰せになるので、退出して自室に横になったが、興奮して全く眠ることができない。翌朝、ベテラン女房たちが「あっけないほど簡単にお側近くへ召されたものですね」と噂しているのを耳にする。昼間の明るい光の中で、この不調法な自分を定子様や先輩方に見られるのが恐ろしくてたまらず、夜になるまでじっと部屋に引きこもっていたのだった。