藤圭子さんの唯一無二の歌声と表現力は、その過酷ともいえる生い立ちと深い血脈の中に根ざしています。彼女の家族構成と家系図を振り返ると、音楽とともに生きた一族の姿が浮かび上がります。
藤圭子(本名:阿部純子)さんは1951年7月5日、岩手県一関市に生まれ、北海道旭川市で育ちました。父の阿部壮太郎氏は浪曲師、母の竹子(たけこ)さんは盲目の三味線奏者(ごぜ・瞽女)であり、幼少期から両親と共に旅回りの門付巡業を行う生活を送っていました。
家計を支えるため、自らも「流しの少女歌手」として夜の街で歌い始めたことが、彼女の哀愁を帯びたハスキーボイスの原点です。兄の藤三郎氏も同じく音楽の道を志し、家族全員が芸事と不可分な環境で育ちました。この過酷な放浪生活と家族の絆が、後に作詞家・石坂まさを氏に見出され、デビュー曲「新宿の女」、そして大ヒット作「圭子の夢は夜ひらく」へと昇華していくことになります。