1999年4月7日、東京ドームの熱気は異様な緊張感に包まれていました。甲子園春夏連覇を達成し、鳴り物入りで西武ライオンズに入団した18歳の松坂大輔投手が、プロ初先発のマウンドに上がったからです。
立ち上がりの初回、2死一塁の場面で迎えたのが、日本ハムの3番を務める球界屈指の左の強打者・片岡篤史選手でした。カウント2-2からの5球目、松坂投手が腕を力強く振り抜くと、唸りを上げた直球が真ん中高めへ突き刺さります。
スピードガンが表示したのは、当時の高卒新人としては規格外となる155キロ。片岡選手は豪快にバットを振り抜いたもののボールは遥か上を通過し、身体が一回転するほどのフルスイングで空振り三振に倒れました。ヘルメットがずれ落ちそうになりながら驚愕の表情を浮かべた片岡選手のリアクションとともに、このワンシーンはプロ野球史に残る歴史的瞬間として刻まれました。