1868年。日本が近代国家への扉を開いたその年に、谷庄は産声を上げた。明治維新という激動の時代、多くの武家が没落し、茶道具や美術品が市場に流出する中、谷庄は目利きの技術と誠実な商いで基盤を固めた。
金沢という地の利も大きかった。加賀百万石の城下町として栄えたこの地には、代々受け継がれてきた茶道文化が根付いていた。谷庄は地元の旧家や寺社との信頼関係を築きながら、貴重な茶道具や古美術品を扱う専門商として成長していく。
昭和に入ると、戦争という試練が訪れる。しかし谷庄は貴重な文化財を守り抜いた。戦後の混乱期にも、日本文化の継承という使命感を失わず、茶道具の保存と流通に尽力した。この時期の活動が、後の文化財保護における同社の役割を決定づけることになる。