「そらんじる」を漢字で書き表す際、多くの書き手を悩ませるのが「空んじる」と「諳んじる」の二通りの表記です。結論から述べると、どちらの漢字を当てても間違いではありませんが、文字の成り立ちと歴史的背景には明確な差異が存在します。
まず「空んじる」の語源は、平安時代の古語「そらに(空に)」に由来します。目の前に紙や巻物といった物理的な拠り所が「空(からっぽ・何もない)」である状態を指し、そこから平安貴族たちは手本を見ずに和歌を詠むことを「そらにす」と表現しました。この「そらにす」が中世から近世にかけてサ変動詞「そらんず」へと変化し、近現代を経て上一段動詞の「そらんじる」へと定着した歴史的背景を持ちます。「空んじるの読み方」としては極めて由緒正しい大和言葉の系譜です。
一方の「諳んじる」は、漢語「諳(あん)」の訓読みに由来します。「諳」という漢字は「言偏(ことば)」に「音(おと)」を組み合わせた会意兼形声文字で、「文字を見ずに口で唱える」「記憶をたどって諳(そら)誦する」という意味を持ちます。漢字そのものの意味から言えば、「諳んじる」のほうが発話行為の本質をより精密に描写していると言えます。
ただし、現代の出版・報道現場における表記ルールには注意を払わなければなりません。「諳」は現行の常用漢字表(2010年改定)に含まれておらず、表外漢字(常用外)に指定されています。そのため、日本新聞協会加盟の報道各社や官公庁の公用文においては、「諳んじる」という表記は原則として採用されず、ひらがなの「そらんじる」または「空んじる」、文脈によっては「暗唱する」への言い換えが徹底されています。