100歳を超える高齢となれば、病気や身体機能の低下と無縁でいることは不可能です。佐藤愛子の健康状態を時系列で追うと、彼女がいかにして自身の「老い」と向き合ってきたかが克明に見えてきます。
80代後半から90代にかけて、佐藤氏は耳の聞こえづらさ(老人性難聴)や、原因不明のめまい、極度の倦怠感に悩まされてきました。『九十歳。何がめでたい』の執筆当時も、「朝起きると全身が鉛のように重い」「頭がぼんやりして原稿用紙に向かうのが億劫」と赤裸々に告白しています。しかし、彼女が非凡だったのは、その老衰現象を無理に若返り療法などで抗うのではなく、「それが年を取るということだ」と正面から受け入れた点にあります。
2026年に刊行された『気がつけば、終着駅』(中央公論新社)において、彼女は自身の創作活動に事実上のピリオドを打ちました。「もう書くべきことはすべて書き尽くした」「気力も体力も使い果たした」という言葉は、作家としての潔い幕引きの宣言でした。現代の医学的見地から見ても、不必要な延命治療や過度な投薬に頼らず、自然の摂理に身を任せる姿勢は、老年期における精神的安定(サクセスフル・エイジング)の理想形を示しています。