そもそも、なぜ観客は物を投げるようになったのでしょうか。そのルーツを探ると、座布団投げの歴史と由来は江戸時代の相撲興行にまで遡ります。
江戸時代、相撲や歌舞伎の興行では「投げ羽織(投羽織)」と呼ばれる風習が存在しました。ご贔屓の力士が見事な相撲で勝利した際、興奮した富裕層の旦那衆が、自ら着ていた高価な羽織を土俵めがけて投げ込んだのです。羽織を投げ込まれた力士側は、翌日その羽織を預かって持ち主の屋敷へ挨拶に出向きます。持ち主は「昨日は素晴らしい相撲を見せてくれた礼だ」として、羽織を受け戻すと同時に多額の祝儀(ご祝儀)を力士に渡すという、粋なパトロン文化でした。
時代が昭和へと移り、観客が羽織を着なくなると、土俵へ投げ込む対象が手元にあった「座布団」へと代替されました。つまり、発祥の原点においては「力士への最大級の賛辞と祝儀のサイン」だったのです。しかし、興行の大衆化に伴って祝儀の意味合いは完全に失われ、「波乱が起きたときの鬱憤晴らし」や「目立ちたい衝動」による放物行為へと変質していきました。
相撲協会も長年にわたり口頭注意やポスター掲示で自粛を呼びかけましたが、熱狂した群衆の行動を言葉だけで止めることは困難を極めました。そこで打ち出されたのが、マス席の座布団連結の理由に直結する物理的な封じ手です。
2008年11月場所(福岡国際センター)において、相撲協会は画期的な対策を導入しました。従来の1人1枚独立していた座布団を廃止し、2枚の座布団を特殊な布やファスナーで強固に連結した「連結座布団」を採用したのです。2人がかりで呼吸を合わせない限り持ち上げて投げることは極めて困難であり、1人で投げようとしても重量が約3kg近くになり、空気抵抗で遠くへ飛ばない構造になっています。この物理的アプローチは大きな効果を上げ、現在では両国国技館などの主要本場所でも導入が進み、座布団が乱舞する光景は劇的に減少しました。