なぜ「六十里」と呼ばれるのか。実際の距離は約六里(約24キロメートル)に過ぎない。にもかかわらず、険峻な山道、度重なる沢渡り、そして容赦ない天候の急変により、「一里を行くのに十里の苦難がある」と旅人たちが嘆いたことからその名がついた。
かつて奥の細道を辿った松尾芭蕉をはじめ、古の文人や商人たちが往来した越後と会津の交易路には、数え切れないほどの苦難と物語が眠っている。馬の背に荷を揺らし、険しい岩肌に爪を立てて越えた古道は、現代の道路と並行するように今も静かに山中に横たわる。道端に佇む苔むした石仏や供養塔は、この峠を越えようとした先人たちの祈りを現代に伝えている。