高知が鰹節の本場と呼ばれる最大の理由は、江戸時代に確立された「燻乾法(くんかんほう)」の発祥地にあります。それまでの鰹節は煮て天日干しにするだけの簡易なもので、カビが生えやすく長期保存が困難でした。この課題を解決したのが、紀州から土佐(現在の高知県土佐市宇佐周辺)へ渡ってきた甚太郎たちによって考案された、薪の煙でじっくり燻して乾燥させる技術です。
黒潮が直撃する土佐沖は、古くから良質な鰹が豊富に揚がる絶好の漁場でした。しかし、高温多湿な高知の気候では、大量に獲れた鰹を腐らせずに保存・輸送することが至難の業だったのです。土佐節の発祥理由には、獲れたての鰹を無駄にせず、遠く江戸や大坂まで届けるための切実な保存技術の追求がありました。
さらに土佐藩が財政難を克服するため、鰹節を「藩の専売品」として厳格な品質管理を行わせたことも、土佐節のブランド価値を一気に高める契機となりました。こうして確立された燻製技術と品質基準は、全国の鰹節産地へと広がり、現代の和食の土台を築き上げました。