NSC在学中の1994年、三浦誠己は相方の北野剛也とともにお笑いコンビ「トライアンフ」を結成しました。当時の若手芸人の登竜門であった「心斎橋筋2丁目劇場」のステージでデビューを果たし、鋭い視点のコントや漫才を展開。劇場に通う熱心なお笑いファンの間では知られた存在となっていきます。
しかし、活動から約3年が経過した1997年にトライアンフは解散を選びます。順調に見えた若手コンビがなぜ袂を分かつことになったのか。その背景には、創作における方向性のズレと、三浦自身が抱えていた「お笑いへの限界意識」がありました。
当時の劇場関係者や本人の回想によると、周囲の同期たちが次々と強烈なキャラクターと爆笑を武器に頭角を現すなか、三浦は「自分はお笑いの天才ではない」「自分が本当に表現したい熱量は別の場所にあるのではないか」という焦燥感を募らせていたと伝えられています。相方との徹底した話し合いの末、コンビ活動にピリオドを打ち、三浦は単身で東京へ拠点を移す決断を下しました。