佐伯美香氏の競技キャリアは、日本のバレーボール史においても極めて異例かつ輝かしい軌跡を描いています。京都成安高校(現・京都産業大学附属高校)時代からその並外れたジャンプ力と勝負強さで全国に名を馳せ、1990年に日本リーグ屈指の強豪・ユニチカへ加入しました。
身長172cmというサイドアタッカーとしては決して大柄ではない体格ながら、滞空時間の長いしなやかなフォームから放つ切れ味鋭いスパイクと鉄壁のディフェンスで頭角を現します。1995年のワールドカップで大ブレイクを果たし、翌1996年のアトランタ五輪にバレーボール女子日本代表の主力として出場しました。
しかし、アトランタ五輪後の1997年、佐伯氏は安定した実業団での地位を捨て、当時まだ日本国内でプロ化や認知度が黎明期にあったビーチバレーへの転向を決断します。この転向は当時のバレーボール界に大きな衝撃を与えました。
砂に足を取られる過酷な環境と強い海風の中、2人だけで広大なコートを守り抜くビーチバレーは、6人制とは全く異なるフィジカルと判断力が要求されます。佐伯氏は名手・高橋有紀子とペアを結成し、2000年シドニー五輪で日本勢史上最高位となる4位入賞を成し遂げました。この歴史的快挙によって、日本におけるビーチバレーの社会的地位は一気に押し上げられることとなったのです。