2001年のアメリカ同時多発テロ事件がなぜ起きたのかを紐解くには、中東の歴史的背景とイスラム原理主義組織「アルカイダ」の成立過程に目を向ける必要があります。事件の首謀者であるウサマ・ビンラディンは、富裕なサウジアラビアの建設業者一族に生まれながら、1980年代のソ連によるアフガニスタン侵攻に対抗する義勇兵組織を経て過激思想へと傾倒していきました。
アルカイダがアメリカを最大の標的とした決定的な契機は、1990年の湾岸危機です。イスラム教の二大聖地(メッカとメディナ)を抱えるサウジアラビア国内に米軍が大規模に駐留したことに対し、ビンラディンらは「聖地の冒涜」と激しく反発しました。さらに、長年にわたるアメリカの親イスラエル政策や中東諸国への軍事・経済的介入に対する怨嗟が重なり、狂信的な対米ジハード(聖戦)の思想が形成されたのです。
1998年、ビンラディンは「ユダヤ教徒・十字軍に対する聖戦のための国際イスラム戦線」を結成し、アメリカの軍人だけでなく民間人の殺害をも正当化する宗教見解(ファトワ)を一方的に発布しました。作戦の実務を取り仕切った軍事指導者ハリド・シェイク・モハメドらの計画のもと、航空機を誘導ミサイルに見立てて米国の政治・経済・軍事の心臓部を破壊するという、前代未聞のテロリズムが実行に移されることになりました。