宮崎駿監督が描いた架空のメカニックが、観る者に圧倒的な説得力を与えるのはなぜか。その秘密は、宮崎監督の実家が航空機部品を製造する工場を営んでいたという出自と、幼少期から培われた膨大な航空力学への知見にある。
メーヴェの設計を航空工学の視点から分析すると、きわめて理にかなった「無尾翼機」の特性を備えていることがわかる。垂直尾翼も水平尾翼も持たない機体は、空気抵抗を極限まで減らせる反面、ピッチ方向(機首の上下)やヨー方向(左右の首振り)の安定性を保つのが極めて難しい。作中でナウシカが頻繁に行う体重移動や、主翼後縁に設けられた動翼(エレボン)の細やかなトリム調整は、失速を防ぎつつ揚力中心をコントロールするための極めて合理的なアクションなのだ。
さらに注目すべきは、作中における気流の描写だ。上昇気流を捉えて一気に高度を稼ぐソアリング技術、地面効果(グランドエフェクト)を利用した超低空飛行、急激な旋回時に発生する翼端渦の挙動に至るまで、アニメーション映画の表現でありながら本職の航空技術者を唸らせるリアリズムが徹底されている。宮崎駿の筆先は、物理法則を無視した魔法の飛翔ではなく、大気の粘性と重力に抗う飛行機の宿命を見事なまでに描き切っている。