今でこそ国民的人気俳優となった佐藤二朗ですが、その若手時代は挫折と迷走の連続でした。信州大学経済学部を卒業後、就職活動を経て大手情報サービス企業であるリクルート情報システムに入社するものの、なんと入社初日に退職を決意するという破天荒なエピソードは有名です。
「自分は俳優にしかなれない」という抑えがたい衝動に従った結果でしたが、現実は厳しく、名門劇団・文学座の養成所に合格するも本科への昇格を逃すなど、20代は定職にも就けずフリーター生活を余儀なくされました。自ら演劇ユニット「ちからわざ」を立ち上げ、脚本・演出・出演をこなしながら舞台に立ち続けたものの、生活は極めて困窮していました。
30代に入り、ドラマ『ブラック・ジャックII』(2000年・TBS系)での医師役を堤幸彦監督に見出されたことを皮切りに、少しずつ映像の世界へ進出。30代半ばを過ぎてようやく俳優一本で生活できるようになるという、絵に描いたような遅咲きの苦労人です。下積み時代に味わった社会の底辺の空気や挫折の痛みが、現在の彼の演技に圧倒的な厚みと哀愁を与えています。