和同開珎の誕生は、その後に続く皇朝十二銭(約250年間にわたり発行された12種類の銅銭群)の幕開けでもあった。だが、その歴史は平坦な成功譚ではない。発行を重ねるごとに銭貨のサイズは小さくなり、鉛の混入率が増加して品質が急激に悪化していったからだ。
独立行政法人造幣局が保管・調査している古銭史料や鋳型(母銭)の研究からは、当時の技術者たちが直面した凄まじい苦闘が読み取れる。初期の和同開珎に見られる精緻な文字の彫り込みや滑らかな肌合いは、銅資源の枯渇とインフレーションの進行に伴って急速に粗雑化していった。貨幣を国家がコントロールすることの難しさを、初期の鋳造技術とその変遷が克明に証言している。