Q1:真田幸村の直系子孫は現在も「真田」という名字を名乗っていますか?
A1:はい。幕末前の江戸時代中期に仙台藩主から正式に真田姓への復姓が許され、現在の第13代当主・真田徹氏をはじめ、直系の一族は「真田」姓を名乗り続けています。
Q2:真田信之(兄)の子孫と幸村の子孫の間で、現在交流はあるのですか?
A2:現在では非常に良好な関係が築かれています。大河ドラマの関連行事や歴史シンポジウム、長野県上田市や宮城県蔵王町で開催される真田サミット等において、松代真田家当主と仙台真田家当主が同席し、固い握手を交わす姿が度々メディアでも報じられています。
Q3:なぜ大坂の陣で討死した幸村の「首塚」が宮城県にあるのですか?
A3:大坂夏の陣の直後、片倉重長の手によって遺髪や遺品が密かに白石へ持ち帰られ、後に息子の真田大八が領地であった蔵王町矢附の地に父を供養するために御首塚(墓碑)を建立したためと伝えられています。