この俗信が爆発的に浸透した最大の要因は、江戸幕府が治めた時代の住環境と照明設備にある。当時の一般庶民の夜を照らしていたのは、菜種油や魚油を燃料とした行灯の細々とした明かりのみだった。現代の蛍光灯やLEDとは比べものにならない暗闇のなか、刀子や小刀、あるいは武骨なバサミで爪を切り揃える作業は、日常的に指先を深く傷つける危険を孕んでいた。
抗生物質も消毒薬もない時代、深爪や刃物傷からの感染症は破傷風や敗血症を引き起こし、あっけなく命を奪う脅威となった。自分が親より先に死んでしまうことで「親の死に目に会えない」、あるいは怪我で歩行困難となり「親の危急に駆けつけられない」という現実的なリスクがそこには存在したのだ。さらに、「夜爪(よづめ)」という響きが、人生の最後を意味する「世詰(よづめ)」や、夜間の警護を指す「夜詰(よづめ)」に通じるという語呂合わせも、人々の忌避感を一層煽った。