「筑前煮は煮物ではなく、まず炒め物である」――この基本原則を徹底している点こそ、栗原流の真骨頂です。筑前煮という料理本来のルーツである福岡の郷土料理「がめ煮」が示す通り、油でしっかり炒める工程を疎かにすると、仕上がりに雲泥の差が生じます。
味が染みる炒め方として、栗原はるみさんが強調するプロセスは明確です。まずフライパンまたは厚手の鍋にサラダ油(またはごま油を少量ブレンド)を熱し、皮目を下にした鶏肉からじっくり炒めます。鶏肉の脂が溶け出し、表面に香ばしい焼き色がついてから、硬い根菜(ごぼう、れんこん、人参)を順次投入します。この段階で野菜の表面全体に油の被膜を作ることで、煮崩れ防止のポイントを自然にクリアできる構造になっています。
具材の下ごしらえ手順においても、細かな配慮が施されています。
- れんこん・ごぼう:一口大の乱切りにした後、水や酢水に長くさらしすぎず、アクを適度に残して水気を完全に拭き取る(水気が残ると油の温度が下がり、旨味が逃げる原因になります)。
- こんにゃく:包丁で切るのではなく、スプーンや手で一口大にちぎって下茹でし、表面積を広げて味の絡みを最大化させる。
- 人参:角を軽く面取りし、煮ている最中に隣り合う具材同士がぶつかって角が崩れるのを防ぐ。
- 干し椎茸:冷水で半日かけてじっくり戻し、石づきを除いてそぎ切りにする。
そして、見た目の美しさを左右する照りとツヤを出すコツは、加熱時間の終盤にあります。落とし蓋をして中火で15〜20分ほど煮て根菜に竹串がスッと通る硬さになったら、落とし蓋を外します。強火寄りの火加減に切り替え、鍋をあおりながら残った煮汁を具材全体に絡め飛ばしていく「追い込み」を行うことで、みりんの糖分と油分が乳化し、漆器のように輝く見事なツヤが生まれます。