日本人の多くがタヌキを食べる文化を意識する最初のきっかけは、童話『かちかち山』に登場する「たぬき汁」ではないでしょうか。作中でお婆さんを騙したタヌキが懲らしめられ、最後には汁物にされるという生々しい描写は強烈な印象を残します。しかし、かちかち山たぬき汁の真相を探ると、民俗学的・歴史的に興味深い事実が浮かび上がってきます。
古来、日本の山村集落においてタヌキは貴重な動物性タンパク源でした。ところが、江戸時代の料理書『料理物語』(1643年)などの記録を調査すると、タヌキの肉は「臭気が強く、酒や味噌、生姜、山椒を多用して煮込むべし」と記されています。この歴史的な記述こそが、現代まで続くタヌキ肉まずい噂の真相の原点といえます。
たぬき肉臭い理由の最大の要因は、タヌキ特有の食性にあります。シカやイノシシのような草食・植物食中心の動物と異なり、タヌキは昆虫、ミミズ、カエル、小動物の死骸、生ゴミまで口にする極めて広範な「悪食(雑食性)」です。何を食べて育ったかによって体臭や肉質が劇的に変化し、初夏から夏場にかけて生ゴミや動物性の餌を多く食べた個体は、脂に耐え難い腐敗臭や泥臭さが染み付いてしまいます。
さらに、仏教の肉食忌避が強かった寺院や精進料理の世界では、タヌキ肉の食感を模して「こんにゃくをごま油で炒めて味噌汁に入れたもの」を「たぬき汁」と呼ぶようになりました。本物のタヌキ肉が持つ強烈なクセを敬遠した人々が、精進料理版のたぬき汁を好んだことも、「本物のタヌキ肉は食べにくい」というイメージを定着させる一因となりました。